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小説 『As A ……』 最終回

「今日この城の中で起こったことというのは、大きく分けて二つ。一つは庄屋さんが噴水の前で亡くなっていたこと。もう一つは電話線が切られ、外と連絡がつかなくなったこと。この二つの出来事は、少し考えればわかることですが、一人の人間がやったとしたら矛盾が生じます」
先生は静かに語る。です・ます調なのは論理的に聞こえるから、らしい。(本人談)
「もしそうだとするなら、その犯人は死体を人目につくところに置いたままにして電話線を切りに行ったことになります。あるいは、電話線を切ってから殺人を犯したか。どちらにしても、発覚を遅らせようという意図のない犯行と、電話線を切るという理知的な工作は同じ人間がやったとは思えません」
「確かに自然か不自然かやったら不自然やけど、絶対にあり得へんとは言えへんのちゃう?」
「時間がないから、厳密な論理は勘弁してもらえないかな」
「何やそれ」
水木さんは呆れたように先生を見る。でも、そこにはさっき見せたような険しい表情はなかった。
「そして、外部犯の可能性もとりあえず否定して良いでしょう。一人で両方こなすのは今言ったように不自然ですから」
「ということはやはり内部の人間が……?」
ヘーゼルさんが不安げに尋ねる。先生はそれには答えず、
「電話線を切ったのは、あなたですね」
「……えっ?」
先生以外の誰もが、唖然として先生を見た。
「電話をかけに行くと見せかけて、電話線を切断した、いや、切断する必要もなかったかもしれませんね。とにかく、あなたはここにいる人たちに、警察と連絡が取れないことを納得させる必要があったんです」
「そうおっしゃるのなら、何か証拠がおありなのですか?」
「見せる時間がない、と言えば答えになりますか?」
先生が逆に聞き返す。ヘーゼルさんはそれきり一言もしゃべらない。
「じゃあ、この人が犯人なんか?」
「そうじゃない。決してそうじゃない。この人は単に電話をしなかっただけで」
「単に電話をしなかっただけ、って、どこの世界に人が死んでんのにわざわざ電話線切る人がおんねん!」
水木さんが追及する。先生はちょっと逡巡して、ヘーゼルさんの方をちらりと見てから
「警察だよ」
と短く答えた。
「警察がこの城を調べることだけは避けたかった。そうなれば城に隠されたあるものが見つかってしまう。そう思ったのでしょう。だから、警察に連絡する時間を遅らせることで、警察が来るまでの時間稼ぎをしようとした。その間に自分が見つけ出そうとしたんです」
「あるものって?」
「プレヤード伯の遺産、『金雀枝の雫』です」
ヘーゼルさんが答える。
「C・クレットの残した日記には、幼少期の記憶がまとめられた部分があります。その記述によると、クレットは伯爵からこの『金雀枝の雫』を賜り、どこかに隠したとされています。未来の、しかるべき相続者のために」
「その相続者というのが……」
「クレットの曾々々々々々々孫である、私です」
曾々々々々々々孫って何代目になるんだろうか。というか、
「先生は分かってたんですか?その『金雀枝の雫』とかいう……」
「僕はこう見えても研究者だからね、有名な財宝……もとい遺跡をチェックするのも重要な仕事だよ」
研究者って奥が深い。
「あなたはそれが城の中にあると考えたんです。しかし文化財に指定されている城内を好き勝手に捜索するのは難しい。そこであなたは観光局の職員となり、観光客を案内する傍ら、自らは城内を探しまわっていたんですね。だから今日も僕たちに自由に見学させた」
先生はヘーゼルさんを指差す。ちなみにこの指差しは国にもよるけど基本的に失礼なので、常識のある人は(ない人も)やらない方がいいと思う。
「もういいですか。ご存じなんでしょう、私に時間がないことは」
「もちろんです。でも、もし望むものを手に入れたいのなら、もう少し聞いてもらえませんか」
ヘーゼルさんが立ち去ろうとするのを先生が止める。もしかして先生はもうそのありかに見当が付いているのだろうか?
「場所について話す前に、先に明らかにしなければならないことがあります。すなわち」
そうだ。電話をしなかったヘーゼルさん。でも、それとは別に、もっと直接的に関わった人がいるのだ。
「庄屋さんの死の真相です」

「重要な点は、この城に入るとき、荷物を預けたということ、つまり、凶器となりうるものを持ち込むのは極めて困難だということです。もちろん、ヘーゼルさんなら可能でしょうが、真っ先に疑われるでしょうし、その可能性は無視してかまわないでしょう」
先生は全員の顔を見ながら話す。
「では、その凶器とは何か。これはあくまでも僕の想像ですが、庄屋さんは毒を飲んでしまったのではないでしょうか」
水木さんがすかさず古手さんの方を見る。
「といっても、誰かが飲ませた訳ではありません。みずから毒を飲んだのです」
「みずから……そんなはずはない。だってあの人は自殺なんてする人じゃ……」
古手さんは振り払うように首を振る。信じられないのも無理はない。私だってにわかには信じられない……
「そして、自殺でもありません」
え? 他殺でも自殺でもないとしたらいったい……?
「不幸な事故です」
「そんな……」
あれが事故? そんなことがあるだろうか?
「だって、事故で毒を飲むなんてことって……」
「おそらく庄屋さんが飲んだのは」
先生が後ろの噴水を指差す。
「あそこの水でしょう」
「じゃあ、誰かが噴水に毒を入れたってことですか?」
「それも違う。毒は誰が入れたのでもない、最初から噴水の中に入っていたんです」
「最初から、というのは?」
「ある種の鉱物はヒ素と結びついた状態で産出することが知られています。もしこの城の石材にそういう鉱物が含まれていたら、そしてそれが風雨にさらされ、微粒子となって水の中に、あるいは風の中へと広がっていったとしたら」
「『魔王城』伝説……」
ヘーゼルさんがはっとしたように呟く。
「おそらく、石を切り出した人たちが呪われたというのは、その時に飛び出した粉じんを吸ってしまったのでしょう。城や町の人を悩ませた奇病も、風化した城壁が舞ったり、風向きによって町の方へ流れていったのが原因だと思います。手足のしびれなんかは少量のヒ素を継続的に摂取し続けた時の症状に酷似していますし」
「でも、それはおかしいと思うのです」
今まで黙っていた古手さんが突然口を開く。
「少しずつ長い間かけて飲んだのなら目立った痕跡は残らないのでしょうが、今日初めてこの城に来た庄屋クンが致死量のヒ素を飲んだのなら、何らかの痕跡が残っていないとおかしいと思うのです。ちなみに、ヒ素を一度に大量に摂取するとおう吐などの症状が出るらしいのです」
詳しいな無駄に。
「確かにおっしゃる通りです。庄屋さんの遺体の周りには何らかの痕跡が残ってなければならない。それがないというのはどういうことか。誰かがその痕跡を消したということです。もちろん、死体が動けるはずはありませんから、誰かほかの人物の手によって」
「まだ登場人物がいるのですか」
古手さんが呆れたように言う。
「だいたいその人物は、どういう理由があってそんなことをしたのですか? 自分が殺したのではないのですから、手間のかかる偽装をする意味はないと思うのですが」
「その理由は、あなたに深い関係があるのですよ、古手さん」
意味が分からない、という顔をする古手さん。
「あなたは、ずいぶんと薬についてお詳しいようですね」
「……どういう意味なのですか?」
「疑っているわけではありません。ただ、あなたは当然疑われる位置にいたということです。あなたの肩書は疑われるに十分ですから」
確かに、毒物とか使いそうだ。薬学部だし。
「もし明らかに毒物の形跡が残っていれば、真っ先に疑われるのは、古手さん、あなたです」
じゃあ、庄屋さんの周りの毒物の跡を消したのは、古手さんに疑いの目を向けさせないため……。
「ですね、水木さん」
「……」
水木さんはうなだれたまま、何も答えない。古手さんが呟く。
「どうして……」
それでも水木さんは、固く結んだ唇を開かない。何かを必死にこらえるような表情。
「あの、お取り込み中のところ、申し訳ないのですが……」
「どうしました、ヘーゼルさん?」
「私の『金雀枝の雫』のことはどうなるんでしょうか」
「あ」
そうだった。すっかり忘れてた。
「もうすぐ七時なんですけど」
「そうでしたそうでした。大丈夫ですよ、忘れたわけじゃありませんから」
絶対忘れてたんだろうな。
「『城の中であり、同時に城の外であるあの場所』。日記によると、『金雀枝の雫』はそこに隠されている。では、その場所とは一体どこなのでしょうか」
よどみない先生の声。先生は言語学者だけあって活字を覚えるのはだいの得意なのだ。私としては言語学者なんだから人の話も覚えておいてほしいところだけど。
「『城の中』というのはおそらく文字通りの意味でしょう。問題は『城の外』です。城内で『城の外』と言えるような場所、それは」
ヘーゼルさんがかたずを飲む。
「『噴水の中』です」
「中……ですか?」
中と言われても、水しかないんじゃ?
「ちょっといいですか」
先生は驚く私たちを尻目に噴水の中に入っていく。
「先生、それ、一応文化財ですよ、入っていいんですか?」
「せっかくの文化財なんだから、直接触って体験しようとは思わないのかい」
そんなこと言って、壊したらどうする。
「やっぱり、まずいですよね、ヘーゼルさん」
「もちろん、文化財の損壊は重罪です。でも……」
ヘーゼルさんはいたずらっぽく、
「東洋のことわざで、形ある物、いつかは壊れる、と言うそうですよ」
いつか壊れるのと今壊れるのは大きな差があると思うけど。
先生は噴水の真ん中、水が噴き出すその場所にかがみ込む。先生の服はあっという間に水浸しになる。先生は水の出る根元の部分を手で探りながら、
「よし、思った通りだ」
慎重に慎重に、何かを取り出す。
 先生の手に握られていたのは、こぶし大の丸い固体。
「それが……『金雀枝の雫』……」
ヘーゼルさんが嘆息する。
「でも、どうして噴水に隠してあるってわかったんですか?」
「どうしてかって? そうだね……」
先生は笑いながら答えた。
「一つは、クレットの残したもう一つのメッセージだよ」
「もう一つの?」
「昨日見ただろう、『去年レイジンハートで』。あれがキーだったんだ」
昨日? そういえば博物館でそんな題名の絵を見たような気がする。珍しい名前だな、とは思ったけど、どんな絵だったかまでは覚えてない。これじゃ先生を笑えない!
「どんな絵か覚えていない人のために一応説明しておくと、レイジンハート城の四季それぞれの情景を一枚の絵に収めた、C・クレットの代表作。夏は堀の周りで魚釣りに興じる人々、秋は中庭で宴会をする人々、冬は尖塔から街を眺める伯爵、そして春は、城の外で復活祭を祝う領民の姿を描いている……もう分ったでしょう」
「何が?」
「城の外は春、春は英語でスプリング、スプリングのもう一つの意味は」
「泉……そっか、だから噴水」
「言語学者だからね、これくらいできて当然さ」
先生はいかにも学者という風に胸を張って見せる。
「言語学者ってダジャレが好きなんですね」
「ダジャレじゃなくて、言語に対する音素・表記的なアプローチなんだけどな」
「それって別のものなんですか?」
「そりゃあもう、月とスッポン、ウサギとカメ、シロアリとゴキブリ並みだよ」
最後のはそこまで違わないと思うけど。
「それに、もししらみつぶしに探したとして、最後に残るのはここだろうからね」
「どうしてですか?」
先生はいたずらっぽく笑って
「城からびしょぬれで出てきたら不自然だからね」

そのあとすぐ、観光局の人たちによって城門が開けられ、ヘーゼルさんの指示によって警察が呼ばれた。イギリス警察――いわゆる、“スコットランド・ヤード”――が到着したのはそれからわずか五分後、すぐさま何人かが城内に乗り込み、庄屋さんを運んできた。私たちはと言うと、物腰は丁寧だけどちょっと怖い警部(イギリスの警察の階級制度は知らないけど、たぶんそれくらい偉い人)の取り調べを受けた。これは取り調べが終わってから聞いたことだけど、結局、先生の言った通り、庄屋さんの死因はヒ素系の毒物だったらしい。私たちの旅行は思わぬハプニングに巻き込まれながらも、なんとか終わりを迎えた。

「どうしたんだい、そんな顔して」
「なんや、センセかいな。人が考え事してるときに声かけんといてくれる?」
「考え事ね、それならいいんだ。ただ、もし一人じゃ解決できない問題なら、協力させてほしいな」
「センセには関係のないことや」
「関係がないからこそ、ということもある」
「……そうかもしれんな。それに、どうせセンセはお見通しなんやろし。」

「ウチは、あのとき、あの子を、疑った」

「センセはウチが庄屋クンの体からふき取ったのは、あの子が疑われへんようにやって言ってくれた。でも、ホンマはあの時、ウチはあの子を疑ってた。ウチが考えてたんは、センセが言ってたようなこととは全然違う。ウチはあの子を信じたらなあかんかったのに」
「……そうかもしれない。でも、それでいいんじゃないかな」
「いいって……」
「もし僕が君と同じ状況に置かれたら、きっと同じことをしていたと思う。どんなに信頼している友人であっても、いや、そういう友人であればこそ、僕はその友人を疑わずにはいられない。それでその友人を傷つけることになっても、僕は疑わずにはいられない。だって、友達を心配するのは、友達を信じるのと同じくらい当たり前のことだろう?」
「……」
「それに、もし僕が君に疑われたとしても、僕はちっとも気にしない」
「それはセンセが日ごろから疑われるようなことばっかりしてるしやろ」
「そうなの?」

 午後三時、先生の研究室。穏やかな日差しが部屋の中をやさしく照らす。
「あの……先生、ちょっといいですか」
「ん、何だい?」
「私たち、イギリスに行ったんですよね」
「そうだよ」
先生が大きくうなずく。
「じゃあ、これは何ですか?」
私が指差した机の上には、見るからに純和風な包み紙が山積みになっている。
「ういろうだよ。漢字で書くと外郎。お菓子として知られているけど、もともとは医薬品として使われていたらしいよ」
「そんなことより、どうしてイギリス土産がういろうなんですか」
「よくぞ聞いてくれました。実は最近世界各地のご当地ういろうを収集するのに凝っててね、イギリスのご当地ういろうはずっとほしいと思ってたんだよ」
先生の趣味が理解に苦しむのはいつものこと……とはいえ、ういろうしか買わないという選択に根本的な間違いがあるような気がするのは気のせい?
「ところで、これ、何味なんですか」
「茶色の包み紙はスコーン味、赤色のは紅茶味、その下になっているのがエール味とサーディン味」
「おいしいんですか、それ」
「さあ……」
これはちょっとした恐怖ですよ先生。
 なんて愚にもつかないことを考えていると、勢いよく研究室のドアが開けられた。
「ひっさしっぶり~、何してんの、センセ、あんどユーナちゃん」
「水木さん!」
入ってきたのは相変わらず和装に関西弁の(もちろん普通服装ならまだしもしゃべり方が相変ることはまずないわけだから、当たり前と言えば当たり前だけど)水木さんだった。
「何なん、この大量の箱は?」
「ああ、ちょうどいいところに来てくれた。実はこれ、君へのお土産なんだよ。今から私に行こうと思ってたんだ」
「ウチ、一緒に行ったよな、確か」
「でも、あの後あんな事件があっただろう。結局いろいろごたごたして、買えなかったかもしれないと思って」
水木さんは半信半疑ながら、
「まあ、そう言われたら確かにあんまし買い物もできてへんしな……」
「うんうん。そうだろうそうだろう」
「折角やし、もらえるんやったらもらっとくわ」
先生はその言葉を聞くと、目にもとまらぬ早業で机の上のういろうを大きな紙袋に詰めて、水木さんに押しつけた。
「いや~、ありがとう。それじゃ、気をつけて帰ってね。知らない人についていったらだめだぞ」
「子供か」
研究室から出ていく水木さんを、私たちは無言で見送った。


(Fin)
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