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小説 『As A ……』 第回

「例えば、僕らが塔に上っていたころ、他の人たちはどこに行ってたんだろうね」
「どういうことですか?」
先生は城の天井を眺めたまま言葉をつづけた。
「この城はそんなに広い城じゃない。なのにわざわざ自由行動にするなんて、ちょっと不自然じゃないかな。全員で動いてもそう問題が起こるわけでもなさそうだ。むしろ……」
「むしろ?」
「全員で固まらないようにそうしたのかもしれない。他の人に見つからずにやらなければいけない何かのために」
「それって……」
計画的な事件だということ。そしてそれができたのは……
「ヘーゼルさんが?」
「まだ断定はできないけどね。でも、あの人は何か知っていると思うよ」
そう言えばヘーゼルさんって今銃を持って城をうろついてるんだよね。
「先生、水木さんと古手さんが危ないんじゃ……」
「大丈夫だよ、心配しなくても。たぶんだけど」
たぶん大丈夫ほどあてにならないものもない。
「何の根拠があるんですか」
「料理だよ」
「料理?」
「昨日ヘーゼルさんが作った料理、とってもおいしかった」
はい?
「それが何の関係があるんですか」
まさかあんなおいしい料理を作る人に悪い人はいない、なんて言うんじゃ…
「殺すつもりの人に、おいしい料理を作る人はいないよ」


ケイトの手の中で例の小箱が乾いた音をたてた。どうしたものだろう。誰の目にも止まらずにこれを隠しておけるところ。城の外、それもできるだけ遠いところ。南は論外だろう。わざわざ火の中に飛び込むようなものだ。かといって北に向かうのにも危険がともなう。北欧の荒くれ者たちの手に渡るのはある意味ではもっと悪い――彼らはこの箱の価値を知らないし、どれほどの敬意を払うべきかもわからないだろうから――。
あまりこの城から離れられない理由はそれだけではない。ケイト自身、長旅など今まで一度も経験したことがない。どうあがいても、南からの軍勢が来るより速く逃げることは不可能に思える。
逆説的だが、城に隠すのが最善策だろう。箱を持たずに、誰かの目に留まるように城を出る。そうすれば、城に箱が残されているとはだれも思わないだろう。
だが……、ケイトの思考はそこで止まってしまう。伯爵の当初の計画と完全に対立することになってしまう。城内でもっともそういう仕事に向いていないと思われているであろうケイトだからこそこの箱を託されたのだ。箱を持ち出さなければ、伯の期待を裏切ることになる。
ケイトの心に奇妙な感覚があった。何か思い違いをしているのではないか。伯の意図を、十分に理解していないのでは?
この箱を持って逃げろ。でも何から? 大陸からの侵略者? それとも……
ケイトは背筋が粟立つのを感じた。


どうしてこんなことになったのでしょう。折角無理を言って来てもらったのに。
どれだけ責められても文句は言えません。それは承知しているのですが……。
それにしても、このタイミングではかったようにこんなことになるのは、何らかの作為を感じずにはいられません。今まで良くしていただいたのに疑うのは失礼かもしれませんが、こっちだって泣きたい気分です。橋が戻ってしまえば、もう城の中は警察の管轄です。スコットランド・ヤードの手にかかれば城の壁の石一個一個に至るまで調べつくされるのも時間の問題です。
こういうさしせまった状況でこそいい知恵が浮かぶ、という人はおそらく無自覚な怠け者で、普段は力を出し惜しみしているだけなのでしょう。時間制限ぎりぎりで謎が解けるというのも映画ではよくある光景ですが、実際には最後の最後まで分からずじまいの方が普通です。今までずっと悩んでいたものがふとしたきっかけでひらめいてあれよあれよという間に解決、なんてのも残念ながらなさそうです。
いっそのこと、あの月見里とかいう人に聞いてみましょうか。スコットランド・ヤードの狼藉を黙って見ているよりはましに思えるから不思議ですね。


「何事も現場百辺。現場百辺。現場百辺倒だよ」
「誰が言ってたんですか、そんなこと」
「誰がも何も、推理小説の刑事はだいたいそんな感じじゃないか」
現場百辺倒って現場を重視してるのかしてないのかいまいちわかりにくい。一辺倒より百辺倒の方がすごいんだろうか。
 私たちは結局城中歩き回った末、事件のあった中庭に戻ることにした。先生も私の足に多少気がねしたみたいだ。いいところもあるんだけどね。
「この噴水で見つかったんだよね」
先生が覗き込んだ噴水はせいぜい五十センチくらいしかない。
「ここで溺れるなんてことは……」
「ありえなくはない、かもしれない」
「あるんですか、そんなこと?」
「水深五センチでも人は溺れることがある、らしい」
豆知識だ。
「水に顔を押しつけられたりとか、そういう特殊な状況ならね」
「じゃあ、水に顔を押し付けられたんでしょうか」
推測を口にしてみる。
「その可能性はある」
先生がうなずく。
「ということは、犯人は、庄屋さんを中庭に呼んで、隙をついて後ろから襲った。で、顔をこう、押しつけた」
そう言いながら噴水の方へ身を乗り出す。でも、
「浅い……ですね」
噴水の縁が邪魔をして、水面まで顔が届かない。
「もっと身を乗り出したらどうだろう。そうしたら届くんじゃないかな」
噴水の底に手をついて、何とも妙な姿勢で進む。と、
ぱきっ。
 何かが壊れる音がした。
「先生、これって……」
「……離れようか」
ああ、こうやって日本のイメージが下がっていくのだ。

「でも、ちょっと体重をかけただけで崩れちゃうなんて……」
「成長したねえ」
「違うから。それだけあの噴水のへりが脆くなってたってこと」
「なるほど」
大丈夫か先生。というかさり気に聞き捨てならないことを言われた気がする。
「これじゃ無理やり押さえつけるなんて真似はできそうにないね。そんなことをしたら噴水自体がばらばらになっちゃう」
「じゃあ、溺死以外、ってことですよね。う~ん、他には……」
転落死だったら噴水は跡形もなくなっていただろうし、刃物で刺したのなら噴水は真っ赤に染まっているはずだし、そもそも荷物が持ち込めないんじゃ凶器は使えない。
 いや、でも、小さいものだったら隠し持って入れるんじゃないだろうか。「寸鉄人を殺す」とも言うし……違うか。だいたいヘーゼルさんも物騒なもの持ってたし……
 そうだ。ヘーゼルさんならその気になれば何でも持ちこめる。銃だろうが爆弾だろうがよりどりみどりだ。
 先生はいい料理を作る人に悪い人はいないとか言ってたけど、何事にも例外というものがある。
「先生、やっぱりヘーゼルさんが犯人ですよ。だってそうとしか考えられません」
「というと?」
「だって、凶器を持ち込めるのはヘーゼルさんしかいません。そして、噴水か壊れていないということは、溺死や転落死ではないということ。つまり凶器を使った殺人だということです」
「ふむふむ。それで?」
「だから、ヘーゼルさんはどうやって庄屋さんを……」
「そう、それです。驚かないでくださいよ」
これはさすがに先生も思いつかないだろう。私は自信を持って話し出した。
「ヘーゼルさんは中空になったナイフで庄屋さんを刺したんです。そうすれば返り血は飛び散らない。出てきた血は柄の部分に袋をつけておいて、そこにたまるようにすればいいんです。ある程度時間をおいたら、素早く止血して、噴水の石組みが壊れないように注意しながら死体を水の中に放り込む。袋に入った血はお堀に捨ててしまえば誰もわかりません。たとえちょっと血が飛び散ったとしても、ふき取ってしまったらちょっとやそっとのことでは……」
そこまで言って気づいた。
「って、今はこの城閉まってるけど、七時になったら門が開いちゃうんですよね。そしたら死因なんてすぐわかっちゃいますよね。死体に刃物の跡なんかあったら一番に怪しまれちゃいますよね……」
真っ先に疑われるんじゃこんな凝った殺し方をする意味がない。
「それもそうだけど、他にも突っ込みどころはあるよ」
先生がそこに追い打ちをかける。
「例えば、凶器だけど、もし絞殺なら丈夫な紐一本あれば足りる。もしかしたらこの」
先生が自分の足元を指す。
「靴紐を使ったのかもしれないよ」
確かに先生の言う通り、凶器で絞り込むのは死因が分からない以上難しそうだ。
「それにもう一つ。自由行動ってことは、もしかしたら誰かが中庭に入ってくるかもしれないってことだ。もし計画的な殺人だったらこういう場所ではやらないんじゃないかな」
周囲を建物に囲まれたこの場所は、外からは見えにくいけど建物の中からはかなり見えやすい。ここでこそこそと何かやる気にはならない。
「でも、ある意味いい線いってると思うよ」
「そうですか?」
どこら辺がいい線なのか自分ではわからないけど、そう言われると悪い気はしない。
「何も噴水のところで死んだと決まったわけじゃない。別の場所から運ばれたのかもしれない。何者かの手によってね」
「でも、それこそ変ですよ。だって別の場所で殺したのをわざわざここに持って来る意味がないじゃないですか」
「それは……何でだろうね」


 私なのだ。
伯爵がこの箱を渡した本当の理由を、ケイトは理解した。
 ケイトが最も目立たない人間である以上に、最もふさわしい人間だからだ。
はじめてこの城に来た時のことを思い出す。白い城。伯爵が見せる笑顔。考えてみれば奇妙だ。他の人に対してそういう姿を見せたことがあっただろうか。
 そしてあの眼差し。家族に見せるような優しい瞳は私が憧れていたものではなかったか。
伯には子供はいない。伯の血はこの代で途切れる。世間ではそう思われている。しかし、もしケイトが伯爵の遠縁でもなんでも、とにかく親戚であれば、伯の血は女系とはいえ一応続くことになる。
箱は持ち込まれたのではない。最初からこの城にあったのだ。この箱が伯爵家に伝わるものであるなら、当然それを受け継ぐ権利がある。そして、大陸から来た同族もこの箱を欲しがるだろう。伯爵が心配していたのはそのことだったのだ。
ケイトはそこでいったん思考を停止した。仮にそうだとしても、やはりこの城から逃げるというのは非現実的だ。城の外が中より安全だとは思えない。
それとも、そう判断する根拠が伯爵にはあるということだろうか。
伯爵の言葉をもう一度思い出す。この箱を持って城を出なさい。城を出る。逃げるのではない。ただ城を出る。
そう言えば伯はときどき体の不調について洩らすことがあった。それも城が原因だと考えたのか。外の町の人々のように、この城に魔王の影を見ているのか。
ならば私もこの城を出よう。城の中であり、同時に城の外であるあの場所に、小箱一つを残して。伯は快くは思わないかもしれない。でも構わなかった。小箱は必ずもう一度私の手に戻ってくる。伯爵もそうなれば文句はないだろう。
ケイトは小箱をそっと撫でた。表面の文様が鈍く光っていた。



先生はしばらく中庭を調べた後、唐突に時間を尋ねた。
「時計が変なんだ。全然見当違い、あさっての方向」
「四十八時間進んでるのが分かったらすごいですよ」
「いや、そういうあさってじゃなくて」
一矢報いた気分。
「先生、時差を合わせてないんじゃないですか?」
「そんなはずはない。僕は常にグリニッジ標準時で動いている超国際人だよ。合わせるまでもなくピッタリになってないとおかしいんだけどなあ」
「あ、じゃあ、もしかしたら私のせいかも。一ヶ月くらい前に先生の時計がすごくずれてたから合わせようと思って」
「なるほど、それでこの一ヶ月なんだか調子が出なかったのか」
一ヶ月もよく気付かずに過ごせたものだ。
「私の時計によると、七時十五分前です」
「ということは」
「あと十五分で外へ出られるってことです」
「何だって。じゃあ、あと十五分でみんな外に出ちゃうのかい?」
そう言ったつもりだけど。
「至急、他の人たちを呼んでこよう」
「ちょっと待ったぁ!」
振り返るとそこには木の上からさっそうと登場する水木さんの姿が。
「いつからいたんですか?」
「それを聞くのは野暮ってもんやろ……っと」
木から飛び降り、着地を決める。さすが先生の知り合いなだけあって、行動に謎が多い。
「センセはむかしから何でも頑張りすぎるところがあるからな。ほっといたらええのに首突っ込んで、引っかき回して……」
「単刀直入に言ってもらえるかな」
「要は、この事件に首を突っ込むな、ちゅうことや、ウチらのためにも、センセのためにも」
鋭い眼光。今まで見せたことのない、射抜くような視線。別の世界の存在であることを、本能的に感じさせる何か。巧妙に隠されていたものがあらわになったような、見てはいけないものを見てしまったような、そんな空恐ろしさがこみあげてくる。
 この人は、本当はそういう人なのだ。
「君は何か勘違いをしている。確かに僕は時々やりすぎちゃうこともあるけど、今回に限って言えば僕が首を突っ込んだ方がいい、僕らのためにも、君たちのためにもね」
先生も一歩も引かずに水木さんを見返す。
「ヘーゼルさんと古手さんを呼んできてもらえるかな」
「……分かった。ほんまに大丈夫なんやろな。もしちゃうかったら……」
「大丈夫。僕が保証する」
毅然として宣言する。いつもの適当な態度からは想像もつかない堂々とした(そして想像もつかないほど真面目な)物腰。ほっぺたをつねって夢かどうか確認したい気分になる。
 水木さんがいそいそと城の建物の中に入っていくのを見ながら、私は先生に質問してみた。
「先生、大丈夫ですか?」
「何が?」
「何だか別人みたいでしたよ。ものすごく真剣というか、真面目というか」
「それって、まるで僕が普段真剣に真面目に生きていないみたいじゃないか」
自覚はないのか?
「まあ、とにかく、ちょうどいいところに出てきてくれてよかった。銃を持ってうろついてる人を呼びに行くのはちょっと怖いからね」
やっぱりさっきまでの先生の雄姿は夢だったのか。

「さて、この事件は……、いや、違うな」
「何ブツブツ喋ってるんですか?」
さっきからおかしくなってしまったのではないかと心配して聞いてみる。
「これはブツブツじゃなくて、立派な予行演習なんだよ。僕の推理を待っている人たちのために、ベストを尽くさなければならないんだ」
何だか、責任感のある人みたいなオーラが出ている。やっぱりおかしくなったんだ。
「そう、僕を信じている人のために……って、痛い痛い」
「夢じゃないんだ……」
「普通自分のほっぺたで試すんじゃないかな、そういうことは」
自分ので試してみる。やっぱり痛い。
「何遊んでるんや。この通り連れてきたし、はよ始めてや」
振り返ると、警戒の色濃いヘーゼルさん、疑問の色濃い古手さん、そして何故か疲労の色濃い水木さん。
「じゃあ、全員そろったようだから、始めようか。時間もあまりないことだし」
先生が静かに語りだす。
「さて――」


(続く)
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