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小説 『As A ……』 第Ⅳ回

「先生はどう思います、さっきの話?」
「さっきの?海堂尊と瀬名秀明はどっちが強いかって話かい?」
「違います」
だいたいホラー文庫とこのミスでは毛色もだいぶ違うし、そもそも何で戦わせる必要が?
「だから、ヘーゼルさんが言ってた“魔王城”の話ですよ」
「ああ、あれね。僕はちょっと信じられないな。こういう観光地には真偽の知れない伝説はつきものだからね。例えば、よく言われることだけど、日本には源義経臨終の地が全部で十か所あるとか。だからあまり鵜呑みにはできないと思うよ」
「へえ、意外ですね。先生はもっとこういうの信じちゃう人だと思ってた」
「失敬な。僕はこれでも科学者の端くれだよ。“魔王”だなんて信じるわけがないじゃあないか」
先生と私は内容があるのかないのか分からないような会話を交わしながら階段を上っている。レイジンハート城、西の尖塔。そこに通じる階段はかなり急な上、ところどころボロくなって段の石の一部が取れたり外れたりしている。
「ふぅ、やっと頂上だ。いや~、絶景哉絶景哉」
先生はどういうわけか高いところが好きだ。高い所に上ると決まって……
「見ろ!人がゴミのようだ!」
ほんとにムスカが好きだね。
「ほら、優菜もはやくおいでよ。いい景色だ」
遅れて尖塔の最上部の小部屋につく。南側に大きく窓が開いていて、そこから外が見えるようになっている。私は窓の向こうを眺めた。
 眼前に広がるのはグッタペルカの街並みだ。石造りの伝統的な建物が多い。けど、昼間なのに人っ子ひとりいない。しんと静まり返っている。その向こうにあるのは何かの工場だろうか?もう長い間使われていないらしく、鉄骨がむき出しになっている。町を越えるとそこには荒涼とした丘陵地が広がるばかり。確かに絶景だけど、毎日見たくはないタイプの景色だ。
 世界の終わり。そんな言葉が思い浮かんだ。どこまでも続く荒野、誰もいない町、そんな風にして世界は終わっていくのだろう。そしてその様子を尖塔から見守る一つの影、それがきっと魔王なのだ。

 どれくらいそうしていたのか分からない。ただ、確かなことは、私が今聞いたのは、吹き抜ける風の音ではなくて、女の人の悲鳴だったということだけだ。
「先生!」
「下だ。急ごう」
身を翻し、階段を駆け降りる先生。
「あっ」
……確かなことは、私が今聞いたのは、階段を駆け降りる足音ではなくて……

 どすん。

 下に落ちた先生と下に降りた私は急いで声のした方に向かった。城の中庭。ツタと灌木で彩られた中央の噴水。水木さんが眺めているその水の中。ヘーゼルさんが引きずりあげたのは、
「庄屋さん……」
「そうだ。早く警察に連絡した方が」
先生が冷静に指摘する。
「よし、百十番だ」
ここはイギリスなんだけど。
「あれ?ない……」
「申し訳ありません。城に入る前に荷物は全部預からせていただいたので、たぶんその中に……あと、この町では携帯電話は通じないと思います、アンテナがないので」
そう言われれば、荷物は預けたんだった。
「城に備え付けの電話があったはずです。私がかけてきます」
ヘーゼルさんが走り出す。先生はそれを見届け、動かない庄屋さんの手首をとった。
「……だめだ」
先生が首を振る。でも、その眼はただ悲しみに暮れているわけじゃない。先生のその眼は真実を探していた。

「外と連絡が取れない?」
「はい、電話線が切られていて、電話は使えません。城門は外からリモートコントロールでしか開けられません」
私と先生、ヘーゼルさんと水木さん、そして古手さんと、動かない庄屋さん。六人は中庭でこの事故とも事件ともつかない出来事にどう対応すればいいのか話していた。もっとも、話しているのは先生とヘーゼルさんの二人だけだけど。
 私はとくにやることもないので手持ちぶさたで庭を眺めていた。東西北の三方を城の建物に囲まれた庭は、各方向に一か所ずつの出入り口がある。南側には私たちが上った尖塔が見える。建物全体は上から見るとちょうど「コ」の字になっていて、私たちのいる中庭はそのへこみの所にある。
 庭を飾っているのはそれほど樹高の高くない草木だ。いくつか日本でもよく見る種類もある。こういうとき植物の名前をよく知っている人がうらやましくなる。どこにあったかは分かるのに何て名前か分からないのはちょっともどかしい。銀行の前なんかでよく見る植え込み――仮に、「銀行の前の木」とでも呼んでおこう――が薄い日の光を浴びて丸くなっている。南が開けているのは、日光を差し込ますためなんだ、と気づいた。
 緯度の加減か少しくすんだ緑の中に、放心したように水木さんが立っている。水木さんも私と同じで、先生とヘーゼルさんの会話に加わるでもなく、かといってこのまま観光を続ける気分にもなれず、中途半端な気持ちのまま宙ぶらりんになっているんだろう。水木さんの視線の先をたどると、噴水のそばの古手さんに行きついた。突然のことだけに、みんなどう対応すべきかもわからないのだ。
「みなさん、聞いて下さい」
ヘーゼルさんが声を上げた。
「電話が通じなくても夜の七時には外から門を開ける手はずになっています。ですから……」
全員、息をのむ。
「適当に城内を散策なさってください」
「って、何でやねん」
目の前でボケられるとほぼ条件反射的に反応するらしい。こんな関西人にだけはなりたくないものだ。
「理由については月見里さんの方からお話ししていただくとして……」
「はい、只今ご紹介にあずかりました月見里です」
先生が若干無理やり後を継ぐ。
「検死官もいないし、死因はおろか事故か殺人かも分からないんだよ。もし事故だったらとりあえず現状だけ保存しておけば大丈夫だろう」
「もし殺人やったらどうするんや?こん中に殺人犯がおるかもしれんのやろ」
至極まっとうな疑問。
「もしそうだったとして、僕らは犯罪心理学の専門家じゃないわけだし、殺人犯の心理なんてわからないわけだよ。次に彼が――彼女かもしれないけど――どういう行動をとるのかも予想できない。固まって行動するべきか、それともばらばらに動いた方がいいのか、判断のしようがないじゃないか」
不安すぎる回答。
「どちらにせよ、せっかく来たんだから、見られるものは見ていこうよ」
そして本音すぎる一言。
「たしかに月見里さんの言うことにも一理あるのです。この中に殺人犯がいるのならなおのこと。というわけで七時までさよならなのです」
よく言われる話だけど、推理物のマンガなんかで単独行動する人ってたいていすぐに殺されるよね。
「あ、もちろん殺人犯がここにいる以外の人間で、今も城の中で息をひそめている可能性も無きにしも非ず、だから、用心した方がいいですよ」
先生の呼びかけに一瞬足を止めて、それでも振り向くことなく古手さんは北側の出入り口から出て行った。
「大丈夫かなあ」
「そうですね。私、見てきます」
無責任極まりない先生。ヘーゼルさんと並ぶとかすんで見える。
「みなさんも、今回のことはお気になさらず、どうかこのままお続けになって下さい。私は……」
城を見上げるヘーゼルさん。
「あやしい人間がいないか城内を見回っておきます」
「で、もしあやしい人がいたら?」
先生の問いにヘーゼルさんは腰にさした黒光りする武器を見せて答えた。
「英国淑女たるもの、客人を脅かす不埒な人間を許しておくわけには参りません。もしそんな輩がいたら、この$&Wのサビになっていただきます」
物騒な淑女だ。
「じゃあ、僕たちも行こうか、ここにいても仕方ないし」
銃を持った自称淑女がうろうろしてる城の中に入るよりは仕方あるような気もするけど。
「心配しなくても大丈夫だよ。何も起こらないから」
先生は自信ありげに言う。自信ありげなのはいつものことだけど。
「でも、さっきは何も分からないって……」
「そうだったっけ?」
いたずらっぽい笑みを見せる先生。
「本当はもう分かってるの?」
「それをいまから確かめに行くんじゃないか」


恐れていたことが現実になるのと、思いもよらなかった悲劇が突然起こるのだったらどちらの方がより痛みが少ないのだろう。
 もし答えが出せたとしても、それは何の役にも立たない、何故なら、すでにそれは起こってしまったのだから。
 あれほど釘をさしておいたのに、やっぱりこんなことになってしまうなんて。まして、あの人がいるこの城の中で。
 中庭に入った時点ではっきり分かった。誰が何をしたのか、自分はどうすべきなのか。
 心配する必要はなかった。完璧に偽装する必要はない。ただ時間が稼げればそれでいい。あの人に真相にたどり着く時間を与えてはならない。
 今度はあの時のようにはいかない。今度は勝ってみせる。


机の上に箱を鎮座させたまま、ケイトと伯爵は互いに相手が口を開くのを待っていた。プランタジネットの紋。今まさにこの地を征服せんとする大陸の一族の旗印。。
南に抵抗を続けるイングランドの者たち。それは誇張ではなくあまりにも遠い出来事だった。極論を言えば、彼らが大陸の民と闘っている間は、イングランドの脅威に晒されずに済む、という見方さえできた。
しかし、この木箱がこの北部丘陵に存在するとなると、事態は変わってくる。この地にも危機が及ぶかもしれない。いや、確実にそうなるだろう。
ケイト。伯は語りかけた。この箱を持って城を出なさい。この箱が誰かの手に渡ることがないように。


先生はさっきからずっと城の中を歩き回ってばっかり。私は一応身の安全のためについていってはいるけど、実際どれほど頼りになるんだか。
「広いね。思ってたよりずっと広い」
「それを確かめにわざわざ歩き回ってたんですか?」
「まさか、ちゃんと頑張ってるよ。こう見えても僕は根は真面目だからね」
根は真面目って、真面目に見えない自覚はあるってことか。
「例えば、分かったことが一つ」
「何ですか?」
「この城は広い」
「さっき聞きました」
やっぱり何も考えてないのか。
「こんなに広いんだから、何か隠されていたら簡単には見つからないだろうね」
「え?」
「本当に大事なのは、この城自体じゃないかな」
先生のつぶやきが城の高い天井に吸い込まれていった。


 こんなことなら来なければよかった。まさか彼女の予想した通りの結末になってしまうなんて、何たる皮肉。
 しかし計画を止めるわけにはいかない。立ち止まってはすべてが水の泡だ。同志の死を悲しむよりやるべきことがある。
 常に感情を押し殺す稼業はこういうとき不便だ。最も悲しむべきことは悲しむべき時に悲しめないことだ、というのは誰の言葉だったか。心の中は自分でも不気味なほど平静で、それが狂気の証明にも思えた。
 本来ならこんな騒ぎも起きず、静かに目的を達成できたはずだった。人が死ぬなんて、そんな話は聞かされていない。あくまでもついて来るだけだと。
 それとも、こういう事態になることを最初から予期していた?
 とにかく、後で少しかまをかけてみようか。疑うわけではないが、あれは何を考えているか分からないところがあるから。
 しかし一方で、それは見当違いな心配ではないかという気もする。怪しむとしたら、もう一人の方だ。いくらなんでも偶然が過ぎる。第一発見者を疑えというではないか。
 ついつい疑心暗鬼に陥りそうになってしまう。疑いばかりが膨らんでも何も変わらないというのに。
 冷静に考えて、内部の人間ではリスクが高すぎる。各人の行動を予測できるわけはないのだから。そんな状況で少なくとも計画的犯行というのはあり得ない。
無理やり内部犯の可能性を消す。疑いを抱いたまま大仕事はさすがに嫌だ。
この計画だ。これさえ終えれば、何に縛られることもない。
 こんなことをした人間にはその報いを受けてもらおう。




(続く)
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