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小説 『As A ……』 第参回

「起っきや~!今日はお城やで~!」
「う~ん、もう朝ですか?」
「朝も朝、午前三時よ」
それは朝じゃなくて深夜だ。
「ほら、日本ではもう昼やで、はよ起きんと」
「はあ、元気ですね、水木さんは」
ひとつ注文できるならその元気は私を起こす以外のことに使ってほしかったけど。
寝ぼけた頭を振って窓を開けて外を見ても、やっぱり暗いだけで何も見えない。町の明かりがないのは、イギリスならどこでもそうなのか、それともこの町が特別なのか、一応先進国だから電気は来てるだろうけど、観光地なりの遠慮があるのかもしれない。どちらにしろ、本当にとんでもない時間に起こしてもらったものだ。
「……優菜、大丈夫かい、助けに来たよ、ドアを開けてくれないか」
もう一人元気な人がいた。こうなったら二人の元気を別のことに活かす方法を真剣に考えた方がいい気がする。
「先生、もう起きてたんですか」
「昨日は君が心配で一睡もできなかったよ。だから眠れないついでに『パラサイト・イヴ』でも読もうと思ったら」
「って何でやねん!」
さすが関西人、ツッコミがするどい。
「何で今更『パラサイト・イヴ』やねん!」
そっちですか。
「いや~、海堂ブームに乗り損ねちゃったんだよね」
「何でそこで瀬名さんやねん。森博嗣とかおるやろ」
ごもっともな意見だけど、それをやってると話が前に進まない。
「読もうと思ったら、何なんですか?」
「そうだったそうだった。読もうとしたらこんなものが挟まってたんだよ」
そう言って先生は折りたたまれた紙を取り出した。子供の字で「お母さんへ」と書かれている。端には「お母さん以外の人は見るな」とも。
「きっとこの本の前の持ち主が残したダイイング・メッセージだよ。今わの際の気迫が伝わる書体だ」
「いや、どう見ても子どもが書いただけやろ」
そう言いながら水木さんは手紙を開こうとする。
「って、『見るな』って書いてあるじゃないですか」
水木さんはチッチッチッと指を振り、
「お母さん以外の“人”は見るな、やろ。今まで隠してたけどウチは実は……」
もったいぶるように息をつめて、
「未来人か、宇宙人か、異世界人か、そうでなければ超能力者やねん」
「全部人ですよ」
「……まあ、超能力者のことを英語でビッグ・マザーとも言うしな」
言わない。
「やれやれ、水木君はプライバシーの観念がないから困る。この手紙を書いた女の子の気持ちも考えたらどうなんだい」
「先生、何で書いたのが女の子だって知ってるんですか」
「えっ、そ、それは……」
「表だけ見ても書いた人の性別までは分からないですよね」
先生こそプライバシーの観念を身につけてもらいたい。
「まあ、赤信号みんなで渡れば怖くない、誰も見てないから大丈夫だよ」
「そやそや、別に持ち主に怒られるわけでもないやろし」
「それでもだめです。悪いことは悪い」
「ならええわ、二人だけで見よ、な、センセ」
小学生か。

「ああ、めっちゃええ話やったわ。ユーナちゃんも読んだらええのに」
「絶っっっ対いやです」
「これを読んで生きる希望がわきました」
「それでも絶っっっっっ対いやです。て言うかあからさまに怪しいし」
二人はしつこく手紙を読ませようとする。そのしつこさを他のことに活かせないものか。
「その手紙、早く持ち主に返したらどうですか?」
「へ?」
「だから、そのお母さんっていう人にその手紙を届けたら?」
「あ、そうか。なるほど。賢いね、さすが優菜」
何で今まで気づかなかったのか聞きたい。
「でもあんまし意味ないような気もするけどな」
「どうしてですか?」
「な~んとなくや」
「先生、これ、どこで買ったんですか?」
「古本屋だよ、と言っても古書街のじゃなくて、百円均一のところだけど。最近見つけたんだ。学生から古本には前の人の引いた線が残ってたりする、って聞いたことはあったけど、まさか手紙が挟まっているとは思わなかったよ」
「でも古本ってどうなん?著者に印税入らへんのやろ。悪いとは言わへんけど」
「確かに問題もないではないけど、普通の本屋は増刷され続けてる本しか売れないからね、構造上。パラサイト・イヴなんて、決してマイナーじゃないけどそれでも普通の本屋ではあまり置いてないからね」
「それはそうかもしれんけど、やっぱり本は綺麗な方がええやん。どんな経緯で来たかもわからんようなやつよりは」
古本談義をするのが目的じゃないんだけど。
「で、先生、とにかくその古本屋で買ったんですね。なら、この手紙を書いたのもその古本屋の近くに住んでる人ですよきっと」
我ながら完璧な推理だ。
「でも、この本を買った店は、いろんなところを回ってるんだ。だから、店の場所から絞るのはちょっと難しいかもしれない」
「そうですか……」
いい考えだと思ったんだけどな。
「中身には何かヒントになりそうなことはなかったんですか?」
「それやったら自分で見てみればええんちゃう?」
「……これはあくまでも、持ち主を探すため、ですからね」
本意ではないけど仕方なく見せてもらう。少女マンガ雑誌の付録の便せんだろうか。“SEARA”という文字と少女マンガ特有の顔半分がきらきらお目々(死語)の女の子が描かれている。本が古ぼけて茶色くなりかけているのに、手紙の方はほとんど紙質が変わっていない。
「この紙、割と新しいんじゃないでしょうか。だって、まだきれいだし」
「ユーナちゃん、少女マンガとか読まへんやろ」
いきなり指摘される。確かに詳しくはないけど。
「“せあら”言うたら『ベイビィ★LOVE』やないか」
「何ですかそれ」
そう答えると、水木さんは大げさに胸を押さえ、
「こ、これがゆとり教育の脅威かっ」
いや、少女マンガの題名を知ってる方が教育としては脅威だと思うけど。
「でも、それがどうかしたんですか?」
「『ベイビィ★LOVE』の連載は1999年に終わってるんや。雑誌の付録につくとしたら少なくともそれより前、っちゅうことや」
「ちなみにこの『パラサイト・イヴ』は第四版、平成九年に出たようだよ」
「つまり、この女の子は2000年までには字が書けるくらいの年になっとった、ってことや」
なるほど、そうするとこの手紙を書いた人はもう学生、もしかしたら成人してるかもしれないわけだ。十年近く前の手紙なんて、覚えていても見たいとは思わないかもしれない。
「それに、こんな便せん使う女の子が『パラサイト・イヴ』っちゅうのもおかしな話や。お母さんも一回目を通して、何とはなしに挟んでそのまま忘れた、っちゅう方がまだしっくりくるわ」
「でも、その便せんを手に入れてすぐに手紙を書いたとは限らないじゃないですか。もしかしたらその女の子にはお姉ちゃんがいて、お姉ちゃんから便せんをもらったのかもしれないし。じゃないと本だけ傷んでて手紙はきれいなままな説明が付きません」
そう反論してみても、私の不利は変わらなかった。水木さんの言う通り、これを書いた女の子も、書かれたお母さんも、この手紙のことはもういいのかもしれない。手紙がきれいに残っているのも、集英社が付録に対して真摯な態度で臨んだ結果なのかもしれない。
 でも、もしこの手紙がお母さんに届くことなく間違ってここにきてしまったのだとしたら?私たちにはそれをちゃんと届ける責任があるんじゃないだろうか。
「だいたい、もし持ち主を見つけたとして、どうするつもりなん?『手紙挟まってましたよ』とか言うん?」
「それは……」
「人のもん勝手に見るだけならまだしも持ち主探すやなんていくらなんでも首突っ込みすぎちゃう?」
そうかもしれない。いや、そうなのだろう。これに関しては水木さんの言ってることの方が正しいのだろう。やってることは五十歩百歩であんまり変わらないけど。
「二人とも、そろそろ朝ごはんの時間だよ」
先生はこんな空気でも自分のペースを崩さない。元はと言えば先生の本が原因のような気もするけど。
 私たちは朝ごはんを食べるために階下に降りることにした。

 ホテル“イーストサイド・イン”の一階はちょっとした食堂になっている。今日もヘーゼルさんは忙しく働いている。観光局の人ってこういう仕事までしなくちゃいけないのだろうか。
「この“イーストサイド・イン”は今年で五百周年。みなさんにはナポレオンも愛したと伝えられる銘茶“ブラック・タン”を召し上がっていただきます」
ヘーゼルさんが巨大なティーポットから液体を注いで回る。
「うわ、結構濃い」
「ところで紅茶といえば、緑茶と紅茶の違いって知ってるかい?」
「緑か紅かでしょ」
「その色の違いってどこから来るのか知ってるかい?」
そう言われてみれば知らない。何でなんだろ。
「そんなん、緑の葉っぱと紅の葉っぱがあるに決まってるやん。リンゴやって二色あるやろ。それと一緒や」
水木さんがこともなげに言う。そういうものなのだろうか。
「いや、葉っぱは同じだよ。発酵のさせ方が違うだけなんだ」
「へえ。そうなんですか」
先生には悪いけど、知ってもあんまり得しない情報だ。
「じゃあアールグレイの緑茶があるんか、玉露の紅茶があるんか?」
「それは聞かないけどね」

お城に行くまでにまた長いあいだバスに乗らないといけないのか、と思ったら、どうやらお城へは歩いて行くらしい。
「たいへん申し訳ないのですが、昨日のバスはちょっと調子が悪くて、みなさんには歩いて頂かないといけなくなってしまいました。あ、でも、すぐそこです。だからご安心ください」
ヘーゼルさんが心底残念そうに謝る。もっとも、残念なのは町じゅうの店を紹介しながらゆっくり運転するという楽しみがなくなったからなのかもしれないけど。
 ヘーゼルさんの手には「GTO」の旗。旗で案内するのは万国共通なんだろうか。
「その旗は何なんですか」
先生が尋ねる。ヘーゼルさんはよくぞ聞いてくれましたというように、
「こちらの旗はグッタペルカ観光協会公認、耐水、耐熱、抗菌の特製案内旗、“Frag-gile”です。『GTO』は『Gutta-percha Tourism Organization』の略です。こちら側の面にはグッタペルカのシンボルであるアカテツをイメージした文様がデザインされています」
と裏返してみせると、熱帯の木っぽい模様があしらわれている。
「この旗ですが、こちらの『よろずやグランマ』で好評発売中です。黄色、赤、鶯色、鶯色、鶯色、茶色、白の計五色。旅の思い出に是非!」
鶯多っ!
「そうですね、曜日別に七つ買っていかれる方が多いですね」
「じゃあ僕も買おうかな」
これはバスに乗ってた方がよかったんじゃないか。ものすごい無駄遣いの予感が。
「これ、トマス・モアの使ったといわれるタイプライター、いかがですか?これさえあればあなたも今日から大文学者ですよ」
ヘーゼルさんは早くも次の商品の紹介に移る。先生は熱心に聞き入っている。
「だってさ優菜。買ってもいい?」
「だめ」
先生の眼がうるむ。
「だってトマス・モアだよ。十六世紀の有名人ランキングで栄えある一位(当社比)だよ」
「何で十六世紀の有名人ランキングで栄えある一位(当社比)の人がタイプライターなんか使うんですか。タイプライターは十九世紀の発明品ですよ」
「全盛期のトマス・モアなら羊一匹からパソコンと洗濯機と自動小銃とドリームキャストとジンギスカンくらいなら作れた」
「無理だから。できてジンギスカンだから」
「ヒツジマスター・トマスに不可能はない!」
そんなにすごい人なんだ、トマス・モアって。
「というわけで、いいよね」
「だめです」

結局先生は私がだめと言ったにもかかわらず山のようにお土産を買い、(特に三角ペナント、あんなに買ってどうする)一行は今回もたいして長くもない距離を大した時間をかけて歩いた。ちなみに私はというと、旅先特有の放漫経済に陥ることもなく、人数分の十二色ボールペンだけという最小限の買い物で済ませた。お土産に困った時は役に立つのがこういう実用的な品だ。
「ユーナちゃん何買ったん?」
「これが十二色ボールペンで、こっちが十二色ボールペンお徳用、こっちは時計型十二色ボールペンです」
「……そ、そうなんや……」
「水木さんは何買ったんですか?」
「ウチはこういう時は荷物増やさへんように帰るギリギリで買うようにしてるんや。そやから、お土産が何になるかは関空に着いてのお楽しみや」
それは普通お土産とは言わないような。

「皆さん、御覧ください。これがレイジンハート城、またの名を“魔王城”」
ヘーゼルさんの指の先にはツタに覆われた、いかにも西洋のお城然とした(西洋だから当たり前だけど)巨大な石造りの門と、水をたたえたお堀みたいな水路。日本の観光地みたいな案内板とかはなくて、本当にそこだけぽっかりと昔の時間が出現したみたい。
「こちらで皆さんの荷物を預からせていただきます。一応城内は文化財ですので」
なるほど、さすがに城の中で無茶苦茶されたらかなわない。私たちは荷物全部を城の前のあずまや(みたいなもの)のロッカーに預けた。鍵はヘーゼルさんが持っているということらしい。
「荷物ってこれもですか」
「もちろんです」
庄屋さんの水筒も例外なくヘーゼルさんの手に渡る。
「それでは、おーぷん・ざ・げ~~と」

 私たちの目の前で門が開く。映画か小説みたいにギギィーって音がして、水路の上に橋が渡される。もしかして何百年も前のをそのまま使っているんだろうか。きしむ音と同時にパラパラという崩れるような音が聞こえてくる。
「こちらの橋は昔は人力で動かしていました。観光局が改修して現在では門と連動して電気で動くようになっています」
ヘーゼルさんは解説しながら中に入っていく。私たちはちょっぴり恐る恐る橋に足を掛け、(もちろん先生は例外。躊躇を知らない人だから)城壁の中へ入った。
 城壁の中は陳腐な言い方だけど、荒れ果てた古城って感じだ。ところどころ崩れかけた石の壁には年月の重みが染みついている。もしここで地震が来たらここにいるほとんどの人は即死だろう。イギリスだし大丈夫だとは思うけど。
「それでは門を閉じますので、ちょっと離れてください」
ヘーゼルさんがそう言うとすぐに門がさっきと同じような音を立ててしまっていく。同時に橋も上がって、外は完全に見えなくなった。

 ヘーゼルさんの案内に従って城の中に入った私たちが最初に見たのは、それこそ映画なんかでよく見るような極端に長いテーブルだった。
「どうぞ、おかけ下さい」
声に従って全員が椅子に座る。
「みなさん、ようこそ“魔王城”へ」


 懐かしさというのは不思議な感情だ。僕たちが懐かしさを感じるとき、それはもちろん過去の記憶を思い出させるような体験に出会ったときなんだけど、時々それは思いもしない形で現れる。不思議なのは、自分の記憶の中のものに反応して感じるはずの懐かしさなのに、それを予想することはできない、ってことだ。
 僕は君のことを覚えてたつもりだけど、それでも君の何気ないしぐさの一つ一つが僕を過去へといざなう。
 君にはまだ言ってなかったかな、僕たちがここにいるわけを。昨日は君が部屋に押し掛けてきたとか言って、ずいぶんと怒っていた“茶々丸”だけど、僕は久しぶりに彼女のあんな顔を見せてもらった。君は僕らのやることにずいぶん不安がっていたそうだね。でも君が心配するようなことはない。僕たちがここに来た理由は他でもない、この城の中にあるのだから。
 もうすぐ君も見るだろう、僕らの手によって明らかになる、この城の秘密を。



 プレヤード伯の城には例にもれず領内の様々な奇品珍品が集まっていた。それを眺めるのが、一年のほとんどを城の中で暮らす身にとっては最も気楽な趣味だった。
 ケイトは唯一の友人と呼んでも差し支えないくらいにこの孤独な男の話相手をよくつとめていた。そしてこういう趣味を持つ人間に特有の過剰な饒舌さに対して、適度な反応を返して見せる能力において、極めて優れていると言ってよかった。良い生徒であることは、良い教師であることと同じか、それ以上に難しい。
 ケイトはよく奇妙な品々にまつわる曰くを聞かされた。大陸にいるという火を食らう鼠や、海に浮かんだ町、この世のどこかにあるというそれらの怪奇を見て来たかのように語る男は、もはや自分の目では見ることのできない世界を、彼女を通して確かめようとしていた。
 「フラ・ダ・リ」という図形を知っているかな? 彼の話は大抵こういった質問から始まる。ケイトは良い生徒であったから、そこであえて答えるようなことはしなかった。これは一種の儀式であり、答えは重要ではない。
 近くにあった紙をとり、図案化された花を描く。これなら見たことがあるだろう? ケイトは頷いた。それでは、とプレヤード伯は言った。これはどうだ?
 金雀枝。プランタジネットだった。大陸から現れ、南方を支配下に置いた家系。すでにこの島の半分は彼らによって征服されたという。そして彼らのシンボルが金雀枝である。
伯は机の上の流麗な細工の施された小さな木箱を開いた。箱の上面には金雀枝の紋章。中に入っていたのはそれと同じ紋章が刻まれた、琥珀色の宝石。伯は静かに語り始めた。



(続く)
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