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小説 『As A……』 第一回

 プレヤード伯は運命について考えていた。もっと具体的に言えば、自分の死期というものについて。
 彼の父も母も、謎の病に倒れた。使用人たちも体の不調を訴えてみな辞めていった。そして彼は、今やその父の年に近づきつつあった。若いころであれば、そんな迷信じみた話に心煩わされることもなかったのだが。
 彼はふと周囲を見回す。いつも通りの彼の部屋。石の壁を赤々と照らす暖炉の炎。足元には毛足の長い絨毯。石造りの城は冬ともなればかなり冷え込む。長い冬を越すためには、防寒対策は必須だった。
 だが、今はまだ九月だ。夏の短いこの国でも、そうは冷え込むことはない。かつてはアイルランドの方で冷害のために大飢饉が起きたこともあったが、今年はそういう話も聞かない。
 彼の背筋に冷たいものがよぎる。確か両親も死ぬ前はいつも寒そうにしていた。この地の気候のせいだと思っていたが、もしかしたらあれも病気の症状だったのかもしれない。そうだ。蒼い顔で、手を震えさせて。
「大丈夫ですか、マスター」
メイドの声に我に返る。くだらない妄想のせいでノックが聞こえなかったに違いない。そう、くだらない妄想だ。そう自分に言い聞かせて頭の中から振り払う。
「ん、ああ、大丈夫だ。どうしたんだ」
「ブランデーをお持ちしました」
 そうだった。自分で頼んでおいてすっかり忘れていた。そのことに少し罪悪感を感じつつ部屋の扉を開ける。
 ケイトは今やこの城の唯一の使用人だ。少なくとも彼の父の代からいたはずだが、彼の目から見ても彼女の年齢はよく分からなかった。もしかしたら彼女は年を取らないのではないかとひそかに疑っている。
「マスター」
「どうかしたか?」
「あまりじろじろ見ないでください」
彼は内心でしまった、と思った。またくだらないことを思い悩んでいたのか。彼はケイトに下がるよう指示して、ブランデーに口をつけた。最近はこれが欠かせなくなりつつある。
 かたかた……。奇妙な音が聞こえた。彼はその音が自分の持っているグラスから聞こえてくることに気づいた。さらに彼はその音が奇妙な懐かしさを持っていることにも気づいた。昔父親が同じようにブランデーを飲んでいた時。小刻みに震えるグラスがテーブルに当たる音。彼は自分の右手が震えていることに気づいた。彼の父親と同じように。
 石造りの城の中を歩くケイトの足音が遠くに聞こえた。


 ドアを開け放ったのは長い髪を腰のあたりまで垂らした、着物姿の女性だった。すらっと伸びた手足。微笑みに高貴さをたたえながら口を開いた。
「久しぶりやね、月見里センセ」
「久しぶりだね、誰だっけ」
先生の研究室にはいろいろな人が来る。もちろん先生が知らない人だっていっぱい来る。
「忘れたとはいわさへんよ、ウチはセンセに人生賭けたんやから」
「う~ん。記憶にございませんね」
そして先生の性格上、あまり会いたくない人もたくさん来る。
「はぁ、残念やなあ。せっかく手土産に名古屋名物のういろう持ってきたのに。記憶にないんやったらしょうがないな。持って帰って一人で食べよ」
「いや~、懐かしいな。水木君じゃないか。まあ座ってゆっくりして行きなよ」
相変わらず食べ物に弱い……。この適当な性格がたくさんの人を(悪い意味で)招き寄せるんだろうな。
「センセ、彼女にもちゃんと分けたげなあかんよ」
「あの……彼女じゃないんですけど」
私は一応訂正しておく。
「そうそう。優菜は僕の娘、英語で言うとdaughterなんだよ」
「へえ、ほんまにこんな適当人間からこんなかわいらしい子が生まれるんかいな」
「ふぉふふぁふぇふぃふぉうふぃんふぇんふぁふぁい」
「『僕は適当人間じゃない』って言ってますけど」
口にものを入れたまましゃべらないでほしい。
「ま、そこの適当人間はほっといて。ウチは水木杏奈。仕事はまあ、フリーのライターみたいなもんや」
「あ、戸賀優菜です。学生です」
「ほんでな、ユーナちゃん、お城行きたない?」

「それがな、『魔術少女イリーガルあずきエース』のDVD-BOXの初回特典の応募券を送ったら、何と六枚中三枚が当たって……」
「待て、何で同じものを六つも買う必要がある?確かに6は完全数だが……」
「保存用、鑑賞用に布教用やろ、それから転売用とか烏除用とか戦輪用とか……」
戦輪って、滝夜叉丸か。
「とにかく、十二時までに空港に着かなあかんから、できるだけ急いでな」
「って、今もう十一時ですよ!」
「心配せんでも、急いだら十分間に合うはずやし、さっさと用意しーや」
急いで用意って言われても……。
「水木君、そもそも僕たちは一言も行くなんて言ってないわけだが……」
「思い立ったが吉日、迷ってる暇があんのやったらさっさとする!」
というわけで私たちは急きょお城へ向かう羽目に……


イギリス北部、グッタペルカ。北部独特の丘陵地に立地した小都市。成立は古く、ローマ時代の歴史書にもそれと思しき都市が言及されている。大英帝国時代には植民地化した国々からの天然ゴムを利用した産業が発達。
レイジンハート城はグッタペルカの北東に位置するなだらかな丘の上の古城で、その歴史はグッタペルカの成立時にまで遡る。一帯を治める領主レイヤード伯爵家の居城であったが、その血筋が途絶えたのち、長いあいだ無人であった。現在ではグッタペルカの重要な観光資源の一つであり、また歴史的価値も高いとされている。他の古城同様、多くの伝承が残されているが、とりわけ有名なのは『魔王城』伝説であろう。
『魔王城』という不名誉な綽名を頂戴するに至った経緯の詳細は不明だが、その伝説のパターンは大きく三つに分類できる。
一つは、城主プレヤード一族が相次いで奇病に倒れた、というものである。病状、進行速度などは語り手によって様々で、水が沸騰するほどの高熱を発するというパターンもあれば体が氷のように冷えるというパターンも存在する。いずれの場合も、彼らの一族が魔王の怒りを買った、と説明されるが、稀に彼らが魔王だったとされる場合もある。
二つ目は、城を建てた工人たちが呪われる、というもので、曰く、石を切り出したせいで山の魔物が目覚めて人に災いをなした、と。一番目とセットで語られることが多いが、こちらの方が比較的知名度が低い。
三番目は、城のある北東側に住むグッタペルカの住民たちの間で同様の症状がみられた、というパターンである。プレヤード一族が魔王と同一視される場合は大抵この話が使われ、彼らの怨念が作用したと説明される。
これらの伝承はいずれもグッタペルカ周辺の地域にしか分布していないが、他の文献にも同様の記述が見られるため、ある程度事実に基づいていると思われる。
(C・クレット『北部略史』より抜粋)


懐かしいな。アザミの花を見るといつも君を思い出す。君はまさにこの花のとおりの人だった。美しく、そして、棘がある。
言葉にこそ出したことはなかったけど、君のチカラはみんなある種の尊敬の念を持って見ていた。君は自分のことを「運の尽き」だと言っていたね。それも的確な表現だったけど、僕たちはもう少し違った風に呼んでいた、「魔術師」と。
君とまた会えるなんて思ってもみなかった。君がいなくなってから長い時間がたったような気がするけど、君は相変わらず遠目にも美しかった。もうすぐ会いに行くよ。アザミ、僕らの魔術師。



「へくしゅ……ていうか寒っ!風冷たっ!!」
「まあイギリスは北海道よりもさらに高緯度だからね。気候も若干冷涼だね」
空港を出たところにあるバスターミナル。上にコートを羽織った先生が楽しそうに言う横で水木さんは体を震えさせている。手荷物レベルのものしか持ってきていない水木さんの手元には当然防寒具などあるはずもなく、この寒空の下、真夏みたいな着物姿で立っている姿は見てるこっちが寒くなってくる。
「ウチがここで凍死したら二人とも殺人罪で告訴したるからな……へくしゅ!」
死んだら告訴できないんじゃ……。
「あの……大丈夫ですか?寒いようでしたら服をお貸ししましょうか?」
そう声をかけたのはガイドのヘーゼルさん。グッタペルカ市の観光局の人で、日本語だけじゃなくてスペイン語とかリート語とかにも堪能らしい。真偽は分からないけど、少なくとも日本語は生粋の日本人並みに上手だ。
「ああ、助かったあ。ほんまに、どこぞの頼りない講師とは大違いやわ」
「頼りないとは何だ。頼りないとは。ちなみに僕はもう講師じゃなくて教授だ」
確かに先生も頼りないけど、水木さんもあまりしっかり者とは言えないような気が……。
「みなさんの乗るバスはこちらになります」
ヘーゼルさんが指差したのはロンドン名物、映画や小説でおなじみ、二階建ての真っ赤なボディ
「ではなくその向こうです」
はげかけた塗装にところどころへこんだボディ、窓ガラスには映画や小説でおなじみのクモの巣城のひび割れ……。
「ではみなさん、グッタペルカまで四時間のバスの旅を、どうぞお楽しみください」


 彼女は今でも、その時のことを正確に思い出すことができる。あの男が現れ、彼女の運命が回転を始めたあの時のことを。
 その男が彼女の注意を惹きつけたのは必然だった。彼女が意識的にこの場所に出入りする人の流れをとらえていなければならない立場にあったということを差し引いても。その男には違和感を覚えさせるという形容は適当ではない。あえて言えば、全身違和感の塊だった。ワイシャツは周囲からその姿を浮き立たせ、その眼は周囲を冷徹に眺めていた。早い話が、ここにいるべき人間ではなかった。
 困ったことになった。こういう場所はルールを知らない人に対してあまり寛容ではない。面倒が起こる前にそれとなく退出を勧めるべきだろうか。
 彼女がカードを繰る手を休め、腰を上げかけたその時、向こうが彼女の姿を認めた。その瞬間に分かった。この人は私を探していたんだ。同時におかしくもあった。この人は勝負事に慣れているようには見えない。おかしさを通り越して可哀想とすら感じられた。
「何のゲームにしはる?見ての通り、カードにルーレット、一通りそろってるけど」
「それ以外のでもいいのかい?」
「この中でできて、危険やなくて、運が絡むもんやったら何でも」
男はしばらく考えて
「腕相撲は?」
「アホか。大の大人が女子供相手に腕相撲はないやろ」
「冗談だよ」
男はもう一度考え始めた。これまでの挑戦者とは明らかに違う。勝算があって来たのではないのか? あきれるほどの無鉄砲さだ。
「決めた、勝負の方法は……」


「左手に見えてまいりましたのが、グッタペルカ名物、『よろずやグランマ』です。その隣は今夜皆さんに宿泊していただくホテル、『イーストサイド・イン』となっております」
グッタペルカ市に入ったバスはますますスピードを落とした。ヘーゼルさんは道々の商店を片っ端から紹介している。店の名前を言うときのヘーゼルさんは本当に楽しそうだ。でも残念ながら私たちはあまり楽しくない。
「ふぁあ、よう寝たわ」
「すごく幸せそうでしたよ。どんな夢を見てたんですか?」
「へえ、でもあんまし覚えてへんわ。それより、もう着いたんか?」
「いや、それがまだ……」
相変わらずヘーゼルさんの解説は続く。バスも慣れたもので、歩くぐらいのスピードで運転するからちっとも進まない。というのも解説している本人が運転しているから、自分のしゃべる速さに合わせて走らせればいいわけで。
「四時間と言ってましたが、この調子だと市内を通り抜けるのにまだだいぶかかりそうですね」
「そやったら、ゲームせえへん?どうせ暇やろ?」
懐から取り出したのは修学旅行なんかでおなじみのUNO。二人でやるゲームではないけど、退屈なのは山々だし、悪くはないかもしれない。
「いいですよ」

「え~っと、ドローツーが五枚にドローフォーで十四枚引いてもらおか」
「ひどすぎる……」
「スキップ、スキップ、ウノで上がり。これで十六連勝目や」
いくらなんでも強すぎじゃないだろうか。
「何かズルしてません?」
「さあ、どうやろな。まあ、十六連勝も十六連敗も絶対にないとは言い切れへんからな」
そう言ってはいるけど笑い方に悪さがにじみ出ている。
「これでもウチは昔は凄腕のギャンブラーで鳴らしたんやで。素人相手にはそうそう負けへん」
「って、凄腕ギャンブラーだったら何で素人相手にこんな大人げないことしてるんですか」
「いや、それがな、凄腕ギャンブラーとして鳴らしたことは鳴らしてたんやけどな、実際はイカサマがうまかっただけのことなんや。ほんまは大した運があるわけでもないし」
「じゃあやっぱりズルしてたんじゃないですか」
「まあ、それはそれ」
何だか納得できないんですけど。
「ともかく、往年のウチはほぼ負け無しやった。ポーカーにブラックジャック、バックギャモンにマリオパーティ。運の絡むもんやったら勝てへんゲームは無かった。でも、一回だけ負けてしもたことがあってな、それからはギャンブルもやらんと真面目に生きていくようになったんや」
「負けた……っていったいなんのゲームで」
「ほな、そろそろ着いたみたいやし、いこか」
見ると、バスはお城のレリーフの飾られた建物の前に止まったところだった。
「ここが観光協会みたいだね」
「うわ、センセ起きてたんかいな」
「僕は寝たい時に寝て、起きたい時に起きられる人間だからね」
それって要はぐうたらな人間ってことじゃないのかなあ。
「お待たせいたしました。こちらがグッタペルカ観光協会&市立博物館です。皆様方にはこちらで自由に見学していただき、六時になりましたら三階の食堂でお食事を召し上がっていただくという予定になっております。それでは、ごゆっくりお楽しみください」
ヘーゼルさんの案内に従って私たちはバスを降りて博物館(兼観光協会)に入った。展示物は抽象画だったりゴムを練る機械だったりとあんまり一貫性がない。小さな博物館だからなのか、それとも欧米の博物館がみんなそうなのかは分からないけど、展示物との間には仕切りがなくて、手でさわれるようになっている。
「優菜、ご覧、お城の絵だ。『去年レイジンハートで』C・クレット。やっぱり西洋のお城は違うね。こういう荒涼とした土地に映えるのは石造りだよ。日本の城ではこうはいかないからなあ」
絵の下に解説が添えられている。英語だけじゃなくて、いろんな国の言葉が添えてある。

  『去年レイジンハートで』C・クレット
  クレットは十二世紀後半から十三世紀にかけて活躍したグッタペルカ出身の画家・文筆家。著作には『北部略史』『メモリーズ』等。『去年レイジンハートで』は晩年の作品に当たる。書簡等によると未発見のものを含めてそれぞれ百点以上もの膨大な絵画・著書が存在し、また、処女作の発表からこの『去年レイジンハートで』の完成までにまるまる百年もの時間が経過していることなどから、現在ではこの名前は一個人ではなく複数人、複数世代の集団の共有するペンネームであったと考えられている。
  『去年レイジンハートで』は当時のヨーロッパ画壇における主流的な技法が用いられ、大陸との文化的な関連の強さを如実に示している。また、一枚の絵の中に異なる時点の城が多重的に描かれている点も当時の生活を窺え、歴史的価値が高い。


なるほど、確かによく見るとちょうど春夏秋冬で絵の中が四等分されている。左側の農村風景が春、お城から堀のほうを眺めて、これは魚を釣っているんだろうか、来ている服装が少し薄着になっているから、これが夏、お城の中の中庭みたいなところに集まった人々は宴会中、構図から考えて春の反対側だから秋、冬は奥の雪景色。
その中心、四季が交わる城の中と外の境に、男の人が立っている。愁いを帯びた瞳は、虚空を見ているみたい。
「先生、これって……」
そう言って周りを見ると、先生はもう別の展示品の前にいた。まったく、忙しい人だ。
「おいで、ほら、こういうのが面白いんじゃないか」
先生が指差しているのは小さな本だ。のぞいてみたけど、英語ばっかりで読めない。英語の国だから英語を使っているのはあたりまえか。
「ご覧。“ディアボリック・キャッスル”直訳すれば“魔王城”だね」
「“魔王城”って、明日私たちが行く城がですか?」
「やっぱりこういう城にはいわくの一つや二つはないとね。イギリスにもやっぱり七不思議とかがあるのかなあ?」
七不思議レベルのいわくだったらいいけど。

  “魔王城”伝説
  レイジンハート城は別名を“魔王城”といい、数々の伝説が残されていることで有名です。城に住んでいた人々が次々と謎の死を遂げる、あるいは城の近くの町に悪魔が訪れ、夜な夜な人々を苦しめる、といったたぐいの話はこの地方の子供たちならだれでも一度は聞いたことがあるでしょう。しかしこれらは荒唐無稽なおとぎ話というわけでもないようです。
  近年の研究によると、レイジンハート城の造成とほぼ同じ時期にこの地方で何らかの病が発生したことが分かっています。伝説はもしかしたら、病気を恐れる人々が作り出したのかもしれませんね。


「おっと、そろそろ六時だ。確か三階の食堂に集まるように言われてたんだったね」
さっきまで大はしゃぎで見ていた展示品を横目に階段を驀進する先生。食べ物に対して真摯な態度をとれるのは先生の長所だ……たぶん。
それにしても、フランス料理とかイタリア料理とかは聞くけど、イギリス料理ってどうなんだろうか。紅茶とかそういう嗜好品系は得意そうだけど、料理っていうのが想像しにくい。
「ほら、早く早く。早く来ないと全部食べちゃうよ」
世知辛い世の中だ。



(続く)
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