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書評 『冬の鷹』 吉村昭 著 (新潮文庫)

どうも、BMISです。
相変わらず月末に更新するという惨状ではあるが、図書委員会らしく本の紹介をしたい。
今回私が勧める本は吉村昭著『冬の鷹』である。


冬の鷹 (新潮文庫)冬の鷹 (新潮文庫)
(1976/01)
吉村 昭

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これは良沢と玄白を中心にターヘルアナトミアを翻訳していく物語だが、その中で最も注目に値するのは前野良沢と杉田玄白の好対照な性格だ。
前野良沢は頑固で遠征的で、そして何より学問一筋だ。それ故にターヘルアナトミアを出版するにあたって「この本の翻訳はまだ完成していないから出版したくない」と、あくまで完成形を追求した。彼の目的は「医学の研究」のみならず「語学の研究」でもあったのだ。
他方、杉田玄白は社交的で熱血漢であったが冷めやすいところもあった。それ故彼は当初はターヘルアナトミアの翻訳作業に熱心であったが、最後は早く出版したいがために焦り、良沢の意向をはねのけ出版へと運んで行った。そもそも彼はターヘルアナトミア翻訳の目的を「オランダ語を学ぶため」ではなく「オランダ医学の正しい知識をひろめるため」としていたのだからそうしてしまうのも無理はないのだろう。

おそらく、もし私がこの本を浪人するよりも前に読んでいたら、杉田玄白の意見に賛成し彼のように「前野良沢は愚かだ」という評価を与えていただろう。医学の知識を広げることのほうが、完成形の翻訳本を指すことにほうが大切だからだ。それほどまでに当時はやっていた東洋医学は不正確な医療だったのだ。
だがしかし今の私は前野良沢に賛同せざるを得ない。この一年間でじっくりものを考え、最初から完成形を追求することの大切さを知ったからだ。初段階において「まあこんなんでいいか」などと思っているといつまでたっても細かなミスに自分で気付くことはない。それは自分の成長を止めるに等しい。それに加えて、大衆は知識が浅い集団である。つまりミスをミスとは気づかないのだ。本当だと信じてしまう。であるからプロの作品とはそれだけ重い責任があるのだ。「間違った知識を広げない」という重い責任が。そして本書にも書かれているが、実際誤訳が散見されるのである。“head”といった体の部位に関する単語も、本来西洋語と日本語では若干あらわす範囲が異なり正確な訳語はないはずなのに、何も考えずに「頭」と訳す、そんなことが起こっているのだ。このあたりの誤訳は今でも続いている。

だからと言って杉田玄白を否定しようとは思わない。社交的な彼のおかげで、当時鎖国時代にあり幕府が西洋書物を危険視していた当時でも『解体新書』が出版できたのだから。加えて先に述べたように迅速に正しい知識を有するオランダ医学が日本中に伝わったし、後に医学塾を開き多くの優秀な門下生も輩出している。
であるから、我々がすべきことは玄白・良沢を責めたり褒めたりすることではなく、そこから学び取ることであろう。つまり、「学ぶ者」はたとえ有名な人物が作った作品であろうとどこかにミスがあるはずだと批判的な目を持ち、間違いを正しい知識へと自分の中で変換するべきなのだ、と。「学ぶ」ということは受動的なものではなく能動的なものであるべきなのだから。また「教える者」は事故の責任を自覚し、解らないところがあっても誤魔化さず、「まだまだ」と思ってとにかく考えつくすべきなのだ。そしてまた解らないところははっきりと解らないと伝えるべきであろう。後世にわたって間違いを広めないためにも。

彼ら二人は死に至るまで逆方向の扱いを受けた。良沢はほとんど誰も看取ることなくこの世を去り、玄白は多くの弟子に囲まれながら息を引き取った。どちらにも幸せがあり苦悩があった。彼らの業績と失敗を無駄にしないためにも、学び教える姿勢をしっかりと持ちたいものだ

(BMIS)
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